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朝の伊賀上野 SIGMA19mmF2.8 EX DN

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 いつか行ってみたかった町。三重県の伊賀上野もそのひとつだった。先週、仕事を兼ねてだが、行ってきた。
 慣れないカラオケで愛燦燦をうたって、眠ったのは0時過ぎだった。ホテルの朝食は午前7時からだったが、6時前に目が覚めた。シャワーを浴び、ヒゲを剃り、荷物を整理して、レストランの開店前からドアの前に並び、10分で洋食セットを食べた。じっくり時間をかけて食べなければならないような、きちんとした料理でなかったので、かえってホッとした。
 そして、50分間、町を散歩した。
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 前の晩は、古い町屋を改装したイタリア料理店で、夕食をいただいた。こちらは本格的なイタリア料理で、大変おいしかった。神社や古い町並みが残る地区だった。そこからホテルまでの道を覚えていた。この朝は、その道を逆にたどり、イタリア料理店の近所から歩き始めた。
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 関が原の役の後、徳川家康に命じられて、藤堂高虎が整備して、この街の基盤ができた。お寺が並んでいる通りを歩いた。高虎の墓も見ることができた。
 案内書はいつも見ない。とにかく歩くのが、私の流儀。だから、高虎の墓を見られたのは運がよかった。城下町ゆえ、普通の十字路は少なく、クランクになっている交差点が多い。こういう道路は、曲がってみないと、その先がどうなっているのか分からない。戦国時代だったら、曲がったとたん、敵が待ち伏せしているはずだが、平和な今は、意外な景色や町並みが待っていてくれる。実に楽しい。
 藤堂高虎は築城の名手として知られている。確か丹波篠山城も彼の手になったはずだが、そこは、行ったことがある。
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 ここは、松尾芭蕉の出身地である。彼にゆかりのものがたくさんあるが、今回は行けなかった。伊賀上野城も見られなかった。50分間だけなのだからから、仕方ないか。
 メインの通り、古い通りの電線は地下に埋設してあり、歩いていて気持がいい。おばあさんたちは、朝から掃除とかしており、通りかかった私に、あいさつしてくれた。
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 伊賀くみひもの店があった。伊賀くみひもは、奈良時代から続いているらしい。使い途は、最初は仏具で始まったが、刀、喫煙具、和装用と時代とともに変わった。ある用途が開拓されると、需要がどっと増えるが、永遠ではない。これからは、カメラのストラップだ(笑)。
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 クランク型の交差点の脇に、古い道しるべがあった。えーと、奈良はどっちだったかな、と考えていると、欧州製の乗用車が通りかかった。
 運転している人を見たら、昨夜の夕飯を一緒に食べた方、というか宴を主催してくださった方だった。「散歩ですか? 早いですね」と彼。「お仕事ですか? 早いですね」と私。
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 伊賀上野駅には、JR西日本の関西本線と、伊賀鉄道伊賀線が通っている。伊賀鉄道は、近鉄から分離した会社。電車の車体に忍者のイラストが描いてあった。通学の高校生が乗っていた。
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 いつか、仕事を離れて、もう一度、行ってみたい街だった。50分間の散歩では、本当の良さは分からない。
by withbillevans | 2012-06-02 17:11 |
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