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篠山紀信写真展を見て、小田急線に乗って

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 東京西新宿のオペラシティー・アートギャラリーに、楽しみにしていた篠山紀信の写真展を見に行った。お目当ては百恵ちゃんの写真。
 午前11時の開場の前に着いたのだが、もう行列ができていた。我々くらいの若くない人が多いのに、びっくりした。女性のほうが多い。20代くらいの若い人も多かったが、真ん中へんの世代がいなかった。
 夏目雅子は超美しい、吉永小百合さんは上品だ。もちろん百恵ちゃんは、胸がキュンとなるくらいいい。なでしこ沢穂稀のおしゃれな姿が可愛かった。蒼井優が素晴らしい。かつて発表された時代に見た写真が多かったが、初めて見るものもあった。
 写真としては、大相撲と刺青男のど迫力集団写真が、普通の人には絶対撮れないという意味でも、見ごたえがあった。
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 40年来の友人と一緒だった。小田急線の駅まで歩いて、C駅まで電車に乗った。C駅周辺は40年前、友人と私が学生時代に、4年間過ごした思い出の街。そこでお世話になったソバ店で昼飯を食べようということになった。
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 小田急は高架に変わっていた。C駅の変貌ぶりに、友人は、頭が混乱してしまった。C商店街の変わりようも大きかった。私は、数年前に来たことがあるので、彼を案内する形になった。
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 我々は学生寮で暮らしていて、C商店街のお店の人たちには、足を向けて寝られないほどお世話になった。
 4年生くらいになると、ちょっと生意気になって、夕飯も当時の学生としては高級なお店で、食べたり飲んだりした。小さな川に面した洋食のAQは、普段行く店よりしゃれていて、1つ格上の店だった。ご主人がトルコ人、奥さんがロシア人のような雰囲気の美男美女だった。年齢は、今の我々より5、6歳若かったのだったろうか。バイトでお金が入ると、ここで食べた。
 AQがあった場所には、この場所は江戸時代には何とかがあった場所である、という立て札が立っていた。ちっとも知らなかった。
 我々は、卒業後も、口実を作っては、AQに集まった。それも30年以上昔の話。
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 K庵ソバ店は、我々が一番お世話になった店。数年前に再訪したときは、改装されていたが、営業していた。今日行ったら、店名が変わっていた。店は、若い男性2人でやっていた。聞いてみると、前の経営者が高齢になったので、つい最近、この店を借りて営業を始めたという。前の経営者、つまり我々がお世話になった人たちは、店の上に住んでいると聞いて、安心した。
 K庵は、我々学生のために、特別安いメニューを用意していた。今風に言うと「裏メニュー」だ。また、他のメニューも50円くらい値引きしてくれた。ソバを食べながら、友人とそんな思い出話をした。
 外に出て、看板を見たら、学生は200円引きと書いてあった。ほう、これは、K庵のおばちゃんの命令なのかなと、思った。
 学生寮は、一段と古くなっていたが、健在だった。我々のいたころは、活気があった。いつも騒音を出して、ご近所に怒られていた。今は、大変静かだった。日本の社会経済の変化と同じだ。そう考えると、篠山紀信の作品も、昭和 ⇒ 平成の、動から静への変化があったように感じた。
 上の、猫ちゃんと古い家は、C商店街から、1本入った狭い道で撮った。特に、我々の物語とは関係ないが、猫ちゃんは、当時の我々みたいに人懐っこかったし、古い家は、今の我々の姿に通じるような気がして、パシャッとした次第。
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 友人は、学生寮の玄関の石段に座って、しばらく立ち上がらなかった。あの4年間は、我々にとって、人生の宝物である。
by withbillevans | 2012-10-20 21:20
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