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アルテック604-8Gとオンケン型ボックスと300Bアンプ

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 JBLのD130を中心にしたスピーカーシステムをあきらめて、それでは何にしたのか。アルテック社のユニット604-8Gのシステムである。
 アルテックは、JBLよりさらに業務用の度合いが強い。同社のスピーカーは、映画館のスクリーンの後ろに置かれていた。無骨な合板の箱に、金属の塊のようなユニットがついている。人目につかないのだから、装飾性は不要。グレーとかのペンキが塗ってあるだけだ。
 そのかわり、大砲の音、せせらぎの音、街の雑踏、人の声、何でも再現する万能性が求められ、朝から夜中まで、大音量で働く。故障など許されない。
 604シリーズは、D130と同じ直径38cm。D130 は,中央部にアルミの薄いお椀のような形の板を張って、高音を出しやすくしただけだが、こちらは、低音用ユニットの中心部をくりぬき、そこに中高音用ユニットが組み込まれている。D130より何倍も手のかかった作りで、価格もずっと高い。604シリーズのスピーカーは、アルテックの他の製品と異なり、スクリーンの裏側ではなく、録音スタジオなどで使われることが多かった。
 ここでも、長時間大音量で働くことが求められる。また、鋭敏かつ繊細な音の再生も必須要件だ。
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 JBLのD130 を断念した私は、その604シリーズに目を付けた。歌、つまり人の声を再生するのが得意なスピーカーだからである。
 問題は604を入れる箱。実は40年間くらい、ずっとあこがれていたものがあった。1970年代の半ばに雑誌に発表されたもので、開発者の会社の名前をとってオンケン型と呼ばれていた。がんばれば自作もできると、製作方法も雑誌に出ていた。
 サブロク合板(たたみ1枚の大きさ)を3枚使って箱1つを作る。左右の箱だと6枚必要だ。私は、近所に住んでいた大工さんに、図面を見せて、切断だけしてもらった。厚さ24mmの合板6枚は、大変な重さ。トラックで運んできてくれた。
 そして、組み立て始めたが、どうもうまくできない。切断の精度が悪すぎたのである。私はあきらめた。その板を処分するのが、また大変だった。
 この箱は、本当にかっこ良かった。今でも合板3枚の板取り寸法を覚えている。そのくらい気に入っていた。
 実際に聴いたこともある。1970年代に習志野市に「じゃずる」というジャズ喫茶があり、あのJBLD130 と高音用の075ユニットを組み合わせて、オンケン型ボックスに入れて鳴らしていた。それほど高価な組み合わせではなかったが、実に良かった。低音が出にくいD130なのに、ズンズン腹に響く低音が出ていた。箱が良かったのである。秋田市内のジャズ喫茶でも、聴いたことがある。
 
 先日、オークションを見ていたら、なんとオンケン型ボックスに入った604-8Gが出品されていたのである。ユニットの程度は悪くないようだった。そして、オークションに勝った。
 配送されてきたボックスは、プロがきちんと作ったものであった。うれしかった。でも、ホコリがすごかった。両脇が開いているので、ホコリが入りやすいのだ。そのうち、しっかり掃除して、塗装もやり直すつもりだ。 
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 音は良かった。イメージ通りであった。購入前のイメージと、実際に購入して出てきた音が、これほど一致したのは初めてである。
 そういうことがあって、私のイメージはさらに広がった。もう妄想の世界である。「300Bアンプを使いたい」。
 伝説の真空管300Bを使ったアンプである。私のアンプも真空管式であったが、善良な市民生活に適合したリーズナブルな性能と価格のアンプであった。
 300Bアンプは、国産のいいものだと20万~30万円。あるいはもっとする。オークションで新品の中国製5万円台というのを見つけた。
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 安い中国製品にはかなりのリスクがあるのは知っていた。それでも、「勉強のため」と思い、購入した。到着した品物には、やはり問題もあった。いま、そのことで販売業者と解決交渉中だが、なんとかうまく着地できそうだ。
 音は、決して悪くない。高価な国産の300Bアンプは使ったことがないので、確かなことは言えないが、国産品とそれほどの差はないのではないか。オーディオの知識があれば、中国製の真空管アンプはいい選択である。ただ、初心者はやめたほうがいいと思う。

 ということで、週末に、300Bアンプ、アルテック604スピーカー、オンケン型ボックスという新しいシステムができた。現時点では、かなり満足している。またまた睡眠不足になりそうだ。

 
 
# by withbillevans | 2014-03-10 16:00 |

さよならD130

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 ブログ更新が途切れがちになっている。年度末で仕事が忙しいのか。それも少しあるが、オーディオ趣味の虫がモゾモゾ動き始めたため、カメラなんぞにかかわっていられなくなったのである。
 私のオーディオ趣味は、10年くらいの長期周期で、山が高く、谷が深い。地球の磁気が10年ごとに大転換するみたいに、忘れたころに、ドカンと襲ってくる。今回は2月初めにやってきて、昨日あたりがピークだった。アンプとスピーカーを変えたのである。
 心情的に一番大きな出来事は、上の写真のスピーカーユニットD130を売却したことである。
 
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 埼玉県から来てくれた業者さんに引き取られる前に、最後の記念撮影をした。「さよならD130。さよなら私の青春」。 そんな気分である。

D130との50年
 それでは、「私とD130の物語」を少しだけ。初めてD130の音を聞いたのは1960年代後半だった。かれこれ50年前(!)。
 東京に出たらジャズ喫茶に行ってみたいと思っていた。入学した大学のクラスで、最初に親友になった男が、吉祥寺に実家があった。私は彼の家に泊まりこみ、吉祥寺で増え始めたジャズ喫茶に入りびたりになった。
 一番気に入ったのが、funky(ファンキー)という店。3階建ての各階に異なるオーディオ装置があり、客層が違う。倉庫みたいな素っ気ない部屋で、とにかく大音量で鳴らせている1階の店しか行かなかった。
 そこで使われていたのがD130であった。中高音はLE85という強力型のホーンスピーカーであった。やや乾燥した音が、鼓膜だけでなく、皮膚に突き刺ささってくるような音だった。まさにしびれてしまったのである。
 少し後、岩崎千明という人が「ジャズを聞くなら、D130プラスLE85でなくてはいけない」と書いているのを読んだ。私の確信は信仰の域に達したのである。
 時系列的には、岩崎千明さんがこの組み合わせの良さを発見し、ファンキーが見習ったのかもしれない。岩崎千明という人は早逝したが、子供のような純真さを持ち続けた人のようで、ファンが多かったらしい。彼の本を今も持っている。
 社会人になって、何カ月もの給料を貯め、この組み合わせを買った。でも音を出したことがなかった。なぜかと言うと、ボックスが高くて買えない。ボックスを買っても、大きすぎて部屋に置けない。たとえ置けても、大きい音を出せば近所の周辺の住民とトラベルになることが目に見えていたからである。 
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 そして、ついに音を出せる環境になった。子供が巣立ち、部屋が空いたのだ。そこでボックスを買った。もちろん中古。黒いペンキ塗りの素っ気ない造り。あちこち傷がある。普通の家庭で使うものではなく、ロックの演奏会場、ディスコの店などに置かれることが多い。とにかく、でっかい音を遠くに飛ばすような目的で作られたボックスである。

 このボックスには思い出がある。1970年代の末に、千駄ヶ谷駅近くにピーターキャットというしゃれたジャズ喫茶があって、週末によく行った。私は社会人になって成田空港の近くに住んでいた。電車で通ったのである。
 暗い感じのジャズ喫茶が流行らなくなり、明るいインテリアでおしゃべり可能な店が増えてきて、ここはその走りであった。
 若い夫婦が経営者で、客はあまりいなかった。店の真ん中に、このボックスが2つ、ドカーンと置かれていて、接客は奥さんがしていた。ボックスの後ろ側に机があって、だんなさんは書き物をしていることが多かった。
 奥さんがいないときは、だんなさんがコーヒーを入れてくれた。畏れ多いことに、35年前の村上春樹さんであった。

 元に戻る。D130プラスLE85をボックスに取り付けようとしたときに、考えが変わった。「今のキミにこの音は合っているのかね」という声が、空から聞こえてきたのだ。
 「多分、いや、絶対に合っていません」と私は答えた。私はもう66歳。18歳でも25歳でも、30歳でもないのである。
 今でも、でっかい音でジャズを聴くのが好きだ。でも、当時と違って、ちあきなおみさんの歌なんかも好きだ。彼女の「紅い花」とか「酒と泪と男と女」とかも、小さめな音でしっとりと聞きたい。
 こういうことがあって、違うスピーカーを導入することになった。実際はこんな論理的な展開ではなく、いつもと同じ衝動的行動だったのであるが…。

 今は、新しい装置の前で、ジャズを聴きながらこのブログを書いている。夜眠る前には、ちあきなおみさんの歌を数曲聴く。ともにいい音である。

(想定問答集)
Q. D130ってなんですか?
A. 米国のJBL社が製造販売していたスピーカーユニットです。直径が38cmもあります。箱に入れて使用します。ガツンと来るような衝撃音の再生が得意で、熱狂的なファンがいました。
 真ん中に鈍く光るアルミ製の皿のようなものが着いていて、そこから高音が出るようになっていて、これ1本で低音から高音まで出せるというのがセールスポイントでした。しかし、音楽鑑賞に使う場合は、別に高音用のユニットを買い足して組み合わせる必要があります。さらに中音用ユニットを加え、低音(D130)、中音、高音の3つを使うこともあります。これらを左右で揃え、箱まで買うと、自動車より高いくらいになりました。ですから、まずD130を買い、それだけを使用し、何年もかけて高音、中音ユニットを買い足す人もいました。1970年ごろ、D130の価格は大卒初任給と同じくらいでした。

Q. withbillevansさんは、D130を持っていただけで、使用することがなかったようですが、レコードやCDは聴かなかったのですか?
A. その間は、良識的な市民生活を乱さない程度の、小さめの装置で聴いていました。時々、冷蔵庫みたいなのを買い込んだこともありますが、それはごく短期間です。

Q. 吉祥寺のファンキーで、ジャズ喫茶とジャズの洗礼を受けたようですが、それはどんな店でしたか。今はどうなっていますか?
A. 1階は禁欲的・求道的雰囲気でしたね。上述したユニットを壁に直接取り付けたような感じでした。2階、3階は、米国や英国の100万円以上もするような装置を売り物にしていましたので、私は成金趣味みたいな気がして好きになれず、入ったことはありません。ファンキーはその後、紆余曲折があったようですが、数年前に行ったときは雰囲気はまったく変わっていましたが、同じ名前の店はあったような記憶があります。当時の経営者N氏はやり手と評判の人で、似たような店をたくさん作りました。その後、N氏は若くして亡くなったそうで、今は、N氏記念館なるものもあるみたいです。
 1960~70年代のジャズ喫茶に関して、何冊かの本がありますが、ほとんどの本が思い出と感傷(これも大切なことですが)で終わっています。その中ではマイク・モラスキー著『ジャズ喫茶論』(筑摩書房)がおすすめです。「戦後の日本文化を歩く」というサブタイトルが示すように、フィールド調査と社会的分析がなされています。

Q. 千駄ヶ谷のピーターキャットはどうなりましたか。そこに行けば、村上春樹さんにコーヒーを入れてもらえますか?
A. 多分、お店はないのではないでしょうか。コーヒーを入れていただくのも難しいと思います。

Q. オーディオ機器にしろカメラにしろ、機械ですよね。モノですよね。それよりも、音楽とか演奏とか写真という作品とか撮影行為とかのほうが大切なのではありませんか。ピカピカ光る機械モノが好きなんて、子供っぽいですね。こんな本質的な質問には答えにくいでしょうから、簡単なヤツで。オーディオとカメラ、どっちがより好きなんですか?
A. 子供っぽくて、すみません。でも、面白いんです、両方とも。お金も時間も使いました。それで得したこと? もちろんありますが、趣味は損得ではなくて、楽しいからやるんです。
 カメラ趣味のほうがより好きですね。カメラを持って、どこかに行くというのがすごく楽しいですね。
 オーディオは、結局は自分の部屋でひとりです。本質的にクライんです。それから、寝不足になって体に悪い。
 あるオーディオ評論家が、オーディオはレコード再生芸術だと言っていました。商売ですからね。ただ、グレン・グールドが公衆の前での演奏会活動をやめて、スタジオ録音だけにした経緯をみると、ちょっと、「そうかもしれない」と思ったりします。
 最近、カメラ趣味というか写真趣味は、女性がすごく増えています。オーディオは、昔も今も男性ばかりです。そういう意味でも(どんな意味か分からない)、カメラ趣味のほうがいいですね。
 それから、飽きてしまって、オークションなどで機材を売るときは、カメラのほうが簡単です。すぐに売れます。あのでっかいスピーカーボックスなんて、梱包するのが大変です。大型スピーカーを買うのは、結婚するくらいの覚悟が必要です。離婚しないのは、面倒くさいからですものね。
 趣味はカメラがいい。カメラがいいですよ。
# by withbillevans | 2014-03-09 16:00 |

ジャンルー・シーフの写真集を入手

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 「ジャン・ルー・シーフ」だとずっと思っていた。よく見たら「ジャンルー・シーフ」だった。フランスの写真家。10年ほど前に亡くなり、日本でもときどき、写真展が開かれている。
 学生時代に、今はないカメラ雑誌『カメラ毎日』で、彼の何枚かの写真が特集された。一目見て参ってしまった。
 先日、竹橋の近代美術館に、ジョセフ・クーデルカの写真展を見に行った。そこで、森山大道など数人の内外の写真家の作品が展示されており、その中に、シーフの作品が何枚かあった。初めて本物を見た。それで、シーフ熱が再燃した。
 amazonで、シーフの写真集を探した。3000円程度の古本があり、購入寸前までいって、念のため新本を見てみたら、1300円台で、立派なハードカバー・大判の写真集が売られていた。さっそく購入。
 印刷を始め、本の出来がよく、私が見たかった作品は全部載っていた。買ってよかった。
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 上の写真と、下の写真の2枚は、シーフの作品の中で私が一番気に入ったものだ。40年前に見て以降、一度も忘れたことはない。鮮明に覚えていた。特に、下の写真が、一番好きだった。こういうきれいな人と一緒に生活したかった。ホーロー引きのコーヒーカップで、ブラックコーヒーを飲みたかった。
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 当時の写真好きの若いヤツは、ロバート・キャパとかアンリ・カルティエ・ブレッソンとかにあこがれているのが多かったが、私は断然シーフだった。
 この2枚が、私に与えた影響は絶大だった。広角レンズによるモノクロ写真。背景はシンプル。
 記憶に間違いがなければ、コーヒーカップの写真は、NIKON FとNIKKORレンズで撮ったものである。当時のカメラ雑誌には、プロの写真家の作品でも、撮影機材が記してあった。シーフは、NIKON FとLEICA M3を併用していた。これらの作品を仔細に見ると、LEICAで撮った写真のほうがピントがキリッとしており、解像度が高かった。NIKONはモッサリした感じだった。
 当時も、この写真は、そんなに解像度が高くないように見えた。でも、いや、だからこそ、ザックリした感じが出ているのだと、思った。さんまんえんぐらい出してもいいから、こんなモデルさんを使って、これとそっくりな写真を撮ってみたい、と思った。

 それから、このホーロー引きカップの色だが、内側は白ということが分かる。外側はモノクロなので分からないが、推測するに女性のほうは黄色、手前(妄想の中では私のもの)は緑色である。そうに決まっている。
 
 
# by withbillevans | 2014-02-23 18:00 |