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カテゴリ:雑( 22 )

アルテック604-8Gとオンケン型ボックスと300Bアンプ

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 JBLのD130を中心にしたスピーカーシステムをあきらめて、それでは何にしたのか。アルテック社のユニット604-8Gのシステムである。
 アルテックは、JBLよりさらに業務用の度合いが強い。同社のスピーカーは、映画館のスクリーンの後ろに置かれていた。無骨な合板の箱に、金属の塊のようなユニットがついている。人目につかないのだから、装飾性は不要。グレーとかのペンキが塗ってあるだけだ。
 そのかわり、大砲の音、せせらぎの音、街の雑踏、人の声、何でも再現する万能性が求められ、朝から夜中まで、大音量で働く。故障など許されない。
 604シリーズは、D130と同じ直径38cm。D130 は,中央部にアルミの薄いお椀のような形の板を張って、高音を出しやすくしただけだが、こちらは、低音用ユニットの中心部をくりぬき、そこに中高音用ユニットが組み込まれている。D130より何倍も手のかかった作りで、価格もずっと高い。604シリーズのスピーカーは、アルテックの他の製品と異なり、スクリーンの裏側ではなく、録音スタジオなどで使われることが多かった。
 ここでも、長時間大音量で働くことが求められる。また、鋭敏かつ繊細な音の再生も必須要件だ。
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 JBLのD130 を断念した私は、その604シリーズに目を付けた。歌、つまり人の声を再生するのが得意なスピーカーだからである。
 問題は604を入れる箱。実は40年間くらい、ずっとあこがれていたものがあった。1970年代の半ばに雑誌に発表されたもので、開発者の会社の名前をとってオンケン型と呼ばれていた。がんばれば自作もできると、製作方法も雑誌に出ていた。
 サブロク合板(たたみ1枚の大きさ)を3枚使って箱1つを作る。左右の箱だと6枚必要だ。私は、近所に住んでいた大工さんに、図面を見せて、切断だけしてもらった。厚さ24mmの合板6枚は、大変な重さ。トラックで運んできてくれた。
 そして、組み立て始めたが、どうもうまくできない。切断の精度が悪すぎたのである。私はあきらめた。その板を処分するのが、また大変だった。
 この箱は、本当にかっこ良かった。今でも合板3枚の板取り寸法を覚えている。そのくらい気に入っていた。
 実際に聴いたこともある。1970年代に習志野市に「じゃずる」というジャズ喫茶があり、あのJBLD130 と高音用の075ユニットを組み合わせて、オンケン型ボックスに入れて鳴らしていた。それほど高価な組み合わせではなかったが、実に良かった。低音が出にくいD130なのに、ズンズン腹に響く低音が出ていた。箱が良かったのである。秋田市内のジャズ喫茶でも、聴いたことがある。
 
 先日、オークションを見ていたら、なんとオンケン型ボックスに入った604-8Gが出品されていたのである。ユニットの程度は悪くないようだった。そして、オークションに勝った。
 配送されてきたボックスは、プロがきちんと作ったものであった。うれしかった。でも、ホコリがすごかった。両脇が開いているので、ホコリが入りやすいのだ。そのうち、しっかり掃除して、塗装もやり直すつもりだ。 
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 音は良かった。イメージ通りであった。購入前のイメージと、実際に購入して出てきた音が、これほど一致したのは初めてである。
 そういうことがあって、私のイメージはさらに広がった。もう妄想の世界である。「300Bアンプを使いたい」。
 伝説の真空管300Bを使ったアンプである。私のアンプも真空管式であったが、善良な市民生活に適合したリーズナブルな性能と価格のアンプであった。
 300Bアンプは、国産のいいものだと20万~30万円。あるいはもっとする。オークションで新品の中国製5万円台というのを見つけた。
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 安い中国製品にはかなりのリスクがあるのは知っていた。それでも、「勉強のため」と思い、購入した。到着した品物には、やはり問題もあった。いま、そのことで販売業者と解決交渉中だが、なんとかうまく着地できそうだ。
 音は、決して悪くない。高価な国産の300Bアンプは使ったことがないので、確かなことは言えないが、国産品とそれほどの差はないのではないか。オーディオの知識があれば、中国製の真空管アンプはいい選択である。ただ、初心者はやめたほうがいいと思う。

 ということで、週末に、300Bアンプ、アルテック604スピーカー、オンケン型ボックスという新しいシステムができた。現時点では、かなり満足している。またまた睡眠不足になりそうだ。

 
 
by withbillevans | 2014-03-10 16:00 |

さよならD130

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 ブログ更新が途切れがちになっている。年度末で仕事が忙しいのか。それも少しあるが、オーディオ趣味の虫がモゾモゾ動き始めたため、カメラなんぞにかかわっていられなくなったのである。
 私のオーディオ趣味は、10年くらいの長期周期で、山が高く、谷が深い。地球の磁気が10年ごとに大転換するみたいに、忘れたころに、ドカンと襲ってくる。今回は2月初めにやってきて、昨日あたりがピークだった。アンプとスピーカーを変えたのである。
 心情的に一番大きな出来事は、上の写真のスピーカーユニットD130を売却したことである。
 
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 埼玉県から来てくれた業者さんに引き取られる前に、最後の記念撮影をした。「さよならD130。さよなら私の青春」。 そんな気分である。

D130との50年
 それでは、「私とD130の物語」を少しだけ。初めてD130の音を聞いたのは1960年代後半だった。かれこれ50年前(!)。
 東京に出たらジャズ喫茶に行ってみたいと思っていた。入学した大学のクラスで、最初に親友になった男が、吉祥寺に実家があった。私は彼の家に泊まりこみ、吉祥寺で増え始めたジャズ喫茶に入りびたりになった。
 一番気に入ったのが、funky(ファンキー)という店。3階建ての各階に異なるオーディオ装置があり、客層が違う。倉庫みたいな素っ気ない部屋で、とにかく大音量で鳴らせている1階の店しか行かなかった。
 そこで使われていたのがD130であった。中高音はLE85という強力型のホーンスピーカーであった。やや乾燥した音が、鼓膜だけでなく、皮膚に突き刺ささってくるような音だった。まさにしびれてしまったのである。
 少し後、岩崎千明という人が「ジャズを聞くなら、D130プラスLE85でなくてはいけない」と書いているのを読んだ。私の確信は信仰の域に達したのである。
 時系列的には、岩崎千明さんがこの組み合わせの良さを発見し、ファンキーが見習ったのかもしれない。岩崎千明という人は早逝したが、子供のような純真さを持ち続けた人のようで、ファンが多かったらしい。彼の本を今も持っている。
 社会人になって、何カ月もの給料を貯め、この組み合わせを買った。でも音を出したことがなかった。なぜかと言うと、ボックスが高くて買えない。ボックスを買っても、大きすぎて部屋に置けない。たとえ置けても、大きい音を出せば近所の周辺の住民とトラベルになることが目に見えていたからである。 
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 そして、ついに音を出せる環境になった。子供が巣立ち、部屋が空いたのだ。そこでボックスを買った。もちろん中古。黒いペンキ塗りの素っ気ない造り。あちこち傷がある。普通の家庭で使うものではなく、ロックの演奏会場、ディスコの店などに置かれることが多い。とにかく、でっかい音を遠くに飛ばすような目的で作られたボックスである。

 このボックスには思い出がある。1970年代の末に、千駄ヶ谷駅近くにピーターキャットというしゃれたジャズ喫茶があって、週末によく行った。私は社会人になって成田空港の近くに住んでいた。電車で通ったのである。
 暗い感じのジャズ喫茶が流行らなくなり、明るいインテリアでおしゃべり可能な店が増えてきて、ここはその走りであった。
 若い夫婦が経営者で、客はあまりいなかった。店の真ん中に、このボックスが2つ、ドカーンと置かれていて、接客は奥さんがしていた。ボックスの後ろ側に机があって、だんなさんは書き物をしていることが多かった。
 奥さんがいないときは、だんなさんがコーヒーを入れてくれた。畏れ多いことに、35年前の村上春樹さんであった。

 元に戻る。D130プラスLE85をボックスに取り付けようとしたときに、考えが変わった。「今のキミにこの音は合っているのかね」という声が、空から聞こえてきたのだ。
 「多分、いや、絶対に合っていません」と私は答えた。私はもう66歳。18歳でも25歳でも、30歳でもないのである。
 今でも、でっかい音でジャズを聴くのが好きだ。でも、当時と違って、ちあきなおみさんの歌なんかも好きだ。彼女の「紅い花」とか「酒と泪と男と女」とかも、小さめな音でしっとりと聞きたい。
 こういうことがあって、違うスピーカーを導入することになった。実際はこんな論理的な展開ではなく、いつもと同じ衝動的行動だったのであるが…。

 今は、新しい装置の前で、ジャズを聴きながらこのブログを書いている。夜眠る前には、ちあきなおみさんの歌を数曲聴く。ともにいい音である。

(想定問答集)
Q. D130ってなんですか?
A. 米国のJBL社が製造販売していたスピーカーユニットです。直径が38cmもあります。箱に入れて使用します。ガツンと来るような衝撃音の再生が得意で、熱狂的なファンがいました。
 真ん中に鈍く光るアルミ製の皿のようなものが着いていて、そこから高音が出るようになっていて、これ1本で低音から高音まで出せるというのがセールスポイントでした。しかし、音楽鑑賞に使う場合は、別に高音用のユニットを買い足して組み合わせる必要があります。さらに中音用ユニットを加え、低音(D130)、中音、高音の3つを使うこともあります。これらを左右で揃え、箱まで買うと、自動車より高いくらいになりました。ですから、まずD130を買い、それだけを使用し、何年もかけて高音、中音ユニットを買い足す人もいました。1970年ごろ、D130の価格は大卒初任給と同じくらいでした。

Q. withbillevansさんは、D130を持っていただけで、使用することがなかったようですが、レコードやCDは聴かなかったのですか?
A. その間は、良識的な市民生活を乱さない程度の、小さめの装置で聴いていました。時々、冷蔵庫みたいなのを買い込んだこともありますが、それはごく短期間です。

Q. 吉祥寺のファンキーで、ジャズ喫茶とジャズの洗礼を受けたようですが、それはどんな店でしたか。今はどうなっていますか?
A. 1階は禁欲的・求道的雰囲気でしたね。上述したユニットを壁に直接取り付けたような感じでした。2階、3階は、米国や英国の100万円以上もするような装置を売り物にしていましたので、私は成金趣味みたいな気がして好きになれず、入ったことはありません。ファンキーはその後、紆余曲折があったようですが、数年前に行ったときは雰囲気はまったく変わっていましたが、同じ名前の店はあったような記憶があります。当時の経営者N氏はやり手と評判の人で、似たような店をたくさん作りました。その後、N氏は若くして亡くなったそうで、今は、N氏記念館なるものもあるみたいです。
 1960~70年代のジャズ喫茶に関して、何冊かの本がありますが、ほとんどの本が思い出と感傷(これも大切なことですが)で終わっています。その中ではマイク・モラスキー著『ジャズ喫茶論』(筑摩書房)がおすすめです。「戦後の日本文化を歩く」というサブタイトルが示すように、フィールド調査と社会的分析がなされています。

Q. 千駄ヶ谷のピーターキャットはどうなりましたか。そこに行けば、村上春樹さんにコーヒーを入れてもらえますか?
A. 多分、お店はないのではないでしょうか。コーヒーを入れていただくのも難しいと思います。

Q. オーディオ機器にしろカメラにしろ、機械ですよね。モノですよね。それよりも、音楽とか演奏とか写真という作品とか撮影行為とかのほうが大切なのではありませんか。ピカピカ光る機械モノが好きなんて、子供っぽいですね。こんな本質的な質問には答えにくいでしょうから、簡単なヤツで。オーディオとカメラ、どっちがより好きなんですか?
A. 子供っぽくて、すみません。でも、面白いんです、両方とも。お金も時間も使いました。それで得したこと? もちろんありますが、趣味は損得ではなくて、楽しいからやるんです。
 カメラ趣味のほうがより好きですね。カメラを持って、どこかに行くというのがすごく楽しいですね。
 オーディオは、結局は自分の部屋でひとりです。本質的にクライんです。それから、寝不足になって体に悪い。
 あるオーディオ評論家が、オーディオはレコード再生芸術だと言っていました。商売ですからね。ただ、グレン・グールドが公衆の前での演奏会活動をやめて、スタジオ録音だけにした経緯をみると、ちょっと、「そうかもしれない」と思ったりします。
 最近、カメラ趣味というか写真趣味は、女性がすごく増えています。オーディオは、昔も今も男性ばかりです。そういう意味でも(どんな意味か分からない)、カメラ趣味のほうがいいですね。
 それから、飽きてしまって、オークションなどで機材を売るときは、カメラのほうが簡単です。すぐに売れます。あのでっかいスピーカーボックスなんて、梱包するのが大変です。大型スピーカーを買うのは、結婚するくらいの覚悟が必要です。離婚しないのは、面倒くさいからですものね。
 趣味はカメラがいい。カメラがいいですよ。
by withbillevans | 2014-03-09 16:00 |

ジャンルー・シーフの写真集を入手

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 「ジャン・ルー・シーフ」だとずっと思っていた。よく見たら「ジャンルー・シーフ」だった。フランスの写真家。10年ほど前に亡くなり、日本でもときどき、写真展が開かれている。
 学生時代に、今はないカメラ雑誌『カメラ毎日』で、彼の何枚かの写真が特集された。一目見て参ってしまった。
 先日、竹橋の近代美術館に、ジョセフ・クーデルカの写真展を見に行った。そこで、森山大道など数人の内外の写真家の作品が展示されており、その中に、シーフの作品が何枚かあった。初めて本物を見た。それで、シーフ熱が再燃した。
 amazonで、シーフの写真集を探した。3000円程度の古本があり、購入寸前までいって、念のため新本を見てみたら、1300円台で、立派なハードカバー・大判の写真集が売られていた。さっそく購入。
 印刷を始め、本の出来がよく、私が見たかった作品は全部載っていた。買ってよかった。
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 上の写真と、下の写真の2枚は、シーフの作品の中で私が一番気に入ったものだ。40年前に見て以降、一度も忘れたことはない。鮮明に覚えていた。特に、下の写真が、一番好きだった。こういうきれいな人と一緒に生活したかった。ホーロー引きのコーヒーカップで、ブラックコーヒーを飲みたかった。
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 当時の写真好きの若いヤツは、ロバート・キャパとかアンリ・カルティエ・ブレッソンとかにあこがれているのが多かったが、私は断然シーフだった。
 この2枚が、私に与えた影響は絶大だった。広角レンズによるモノクロ写真。背景はシンプル。
 記憶に間違いがなければ、コーヒーカップの写真は、NIKON FとNIKKORレンズで撮ったものである。当時のカメラ雑誌には、プロの写真家の作品でも、撮影機材が記してあった。シーフは、NIKON FとLEICA M3を併用していた。これらの作品を仔細に見ると、LEICAで撮った写真のほうがピントがキリッとしており、解像度が高かった。NIKONはモッサリした感じだった。
 当時も、この写真は、そんなに解像度が高くないように見えた。でも、いや、だからこそ、ザックリした感じが出ているのだと、思った。さんまんえんぐらい出してもいいから、こんなモデルさんを使って、これとそっくりな写真を撮ってみたい、と思った。

 それから、このホーロー引きカップの色だが、内側は白ということが分かる。外側はモノクロなので分からないが、推測するに女性のほうは黄色、手前(妄想の中では私のもの)は緑色である。そうに決まっている。
 
 
by withbillevans | 2014-02-23 18:00 |

BANANA CASE

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 バナナは、おいしくて栄養があって、日持ちがして、最高の携行食品だ。スポーツや外出するときに1本あると、チョー便利。問題は、バッグの中のほかの硬い荷物などに押されると、痛んでしまうこと。
 それを解決するのがBANANA CASEである。大変よくできていて、どんな形のバナナでも、不思議ときれいに納まる。
 BANANA CASEは、300円程度の商品であるが、その哲学的背景には、柔らかいもの、硬いものが助け合う、なかなか奥深いものがあるようだ。
 南の国で、バナナを育てた農民がいる。船で運ぶ船員さんがいる。そして八百屋さんに並ぶまでの物流担当者。1本あたり20円くらいの食べ物であるが、大切に食べないといけない、と思う。
 BANANA CASEは、ものや食べ物を大切にしようという心を形にした商品だ。
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 こちらは、先日、オークションで購入した備前焼の花瓶を開封した写真である。クロネコの配達員が「割れているようです。ガチャガチャという変な音がします。このまま持ち帰ってもいいのですが、受け取り人が開けたほうがいいかも」と言う。開けてみたら、この通り。
 備前焼は、焼き物の中で一番丈夫なはず。それがここまで壊れるとは、どんな力が加わったのだろうか。
 花瓶は、プチプチと包装紙で包んだだけだった。外側に赤い「こわれもの」のシールが貼ってあった。普通だったらダンボールの箱に入れるはず…。
 オークションは、よく利用している。粗雑な包装・荷造りの商品を受け取ると、「あ、失敗したかな」と思う。だいたい、いやな予感は当たる。
 でも、私は、こういうときは、ビジネスライクに処理することにしている。世間にいろいろな人がいるように、ここにもいろいろな人がいると思って、忘れることにしている。
by withbillevans | 2014-01-26 10:18 |

ジョセフ・クーデルカ展

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 本日、東京国立近代美術館で開催中のジョセフ・クーデルカ展に行ってきた。あと5日で終了。行ってよかった。
 チェコの写真家であるクーデルカにとって、1968年は、決定的な年であった。私が大学に入学した年。私にとっても、自分の66年のなかでは最も記憶に残り、いろいろな意味でスタートの年であった。毎日、興奮していた。
 会場に入って最初の印象は「植田正治だ」というもの。そして、土門拳だ、森山大道だ、カルティエ・ブレッソンだ、とも。クーデルカの写真の中にみんな入っていた。ロマの人々を撮った膨大な作品がすごい。

 そして、クーデルカの写真にしかないものも感じることができた。それは漂泊者の哀しさ。孤独。
 図録に、インタビューが載っていた。依頼された仕事は受けなかった。撮りたいものだけ撮ってきた。清貧なんて言葉ではまだ足りないその生き方。純写真作家だ。
  
by withbillevans | 2014-01-08 23:30 |

この1週間のできごと

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 手帳を2つ使っている。1つは仕事用。1週間単位で仕事の予定が書き込んである。もう1つは、落書き帳というのが、多分一番ふさわしい。これは、その落書き帳である。各ページには薄い色で小さな方眼が印刷してあるが、ただの白い紙のようにも見える。正確に言うと、手帳ではなく、小型ノートである。
 デンマーク製で文庫本を少し小さくした版型。銀座の伊東屋で確か630円だった。この手帳がすこぶる品質がいい。ビニール表紙が柔らかくて手になじみ、製本がきちんとしていて、長期に使っても形が崩れない。もちろん文字を書きやすい。

 
 それで、何を書き込んでいるかというと、落書きなのである。多いのは、次の週末に持ち出すカメラとレンズの組み合わせ候補。新聞の書評欄に出ていた面白そうな本の題名。気に入った和歌と作者、などである。いつ書き込むか。仕事を終えて帰る電車の中などである。
 手帳を購入したのは、このブログを始めたときだから、1年7カ月前だ。最初のページにはブログのタイトルを何にするか、候補がいくつか書き込んである。「読み、書き、散歩、ときどき 写真」とある。

  
 先週半ば、その手帳がついに最終ページになった。最後のページには和歌が書いてある。カバンの中に入れている文庫本、塚本邦雄著『王朝百首』で知った歌。作者は藤原隆祐。

 かぎりある秋の夜の間も明けやらずなほ霧ふかき窓のともしび

 なぜ、この歌を書きとめたのだろうか。「疲労感」でも「徒労感」でもなく、そう「初老感」をなんとなく感じたからである。65歳の自分に合っていると思った。

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 週の半ばに、I君が亡くなり、土曜日に通夜があった。30年間働いた前の勤務先の1年後輩である。一生、勉強が好きな人であった。
 高校時代の同級生という友人が弔辞を読んだ。2人は東北地方の名門高校で化学部に所属し、活動成果が認められ、NHKテレビで紹介されることになった。仙台に向けて列車で出発する彼らを、校歌と校旗で学校全体で見送ったそうだ。

 I君は、社会人になっても、よく本を読み、よく勉強し、よく仕事をした。I君との思い出はいっぱいある。彼が2年間大阪勤務になったとき、2度会いに行った。最初は京都で待ち合わせ、哲学の道を散策し、その後で私が京都のJAZZ喫茶を数軒案内した。2回目は梅田駅近くの北新地の狭い飲み屋街を、彼の案内で歩いた。山の中の生まれで朴とつな男だと思っていた彼が、関西風の軽やかさを身に着けていたのに驚いた。彼は酒が好きだった。

 少し早すぎた旅立ち、病気との闘いの日々。そういうことを思っていたら、藤原隆祐の歌は、I君の心情ではなかったのかと思えた。

 日曜の朝、5時前に目が覚めた。窓を開けると、近所のお宅の窓のあかりが見えた。秋の明け方のあかりの点いた部屋では、きっと誰かが本を読んでいるに違いない。
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 1週間前、我が家の庭に大きな木が運ばれてきた。知り合いの植木屋Oさん親子と私の3人で、クレーン車を使って、3時間かけてなんとか植えつけた。あと1mクレーンが届かなかったので、人力で引っ張ったが、根鉢の直径が1.5mもある大きな木なのでビクともしない。大変苦労した。一時はあきらめかけたほどだ。見かねた近所のご主人も手伝ってくれた。彼がいなければ、無理だった。
 この木を搬入するスペースを確保するために、何本かの木を植え替えたり、高さを半分に切り詰めたりした。いくつかの花を踏みつけることになった。
 嵐のような作業から踏みつけられず生き残った花が、雨模様の日曜の夕方の一瞬の晴れ間に輝いた。
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 週明けから、落書き手帳は2冊目になる。
 手帳の撮影はOM ZUIKO AUTO-MACRO 50mmF3.5。明け方の窓はMINOLTA MC ROKKOR-PF 50mmF1.7。ノコンギクはSONY E16mmF2.8+ECU1。
by withbillevans | 2013-11-10 23:08 |

田の神様(タノカンサー)来たる

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 タノカンサーは、旧島津藩領であった鹿児島県と宮崎県の一部で見られる石像である。道端や田んぼの畦道に祀られている。形態はさまざまで、神様、人間、神官などを模していて、多くはしゃもじを持っているそうだ。いっぱい作物が実って、いっぱい食べられて、いっぱい子供が生まれて欲しい、という願いを込めて作られたのであろう。

 オークションで、九州の骨董店から購入した。実際に祀られていたものではなく、新たに作ったものであろう。私の願いは、庭にたくさん花が咲きますように、というものである。
 撮影レンズは、上から、OM ZUIKO AUTO-MACRO 50mmF3.5、XR RIKENON 50mmF2.0、MINOLTA MC ROKKOR-PF 50mmF1.7の順。絞りはそれぞれ違う。ZUIKOはF3.5、RIKENONはF4.0、ROKKORはF2.0である。
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 朝から、雨が止まない。傘をさして庭に出ると、まだ、蚊がたくさんいて、襲ってくる。ピントをゆっくり合わせているひまもなかった。
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 まだ、タノカンサーを据える場所が決まらない。居場所が決まったら、回りに彼岸花の球根をいっぱい植えることにしよう。
by withbillevans | 2013-10-05 18:00 |

サングラスと傘と

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サングラス 昨年から、夏の間だけ、サングラスを使っている。震災があった年に、飛蚊症になり、眼科に行ったら、「緑内障になる可能性がありますね」と言われた。その医師は、眼科では日本のトップクラスの人だったので、指導を受けることにした。
 定期的に診てもらい、目が疲れたら点眼薬を差し、直射日光には気をつけるというくらいしかしていないが…
 目が悪くなったら、どうなるんだろう。私の趣味は、手でピントを合わせる旧型レンズで写真を撮ること。そして読書である。

文庫本 カバンの中には、旧型レンズを着けたSONY NEX-5Nと文庫本が入っている。電車の中で読み、喫茶店に入って読む。
 数ヶ月前まで、小さい文字の文庫本も苦もなく読めた。それが、ちょっときつくなってきた。先週、毎日新聞の書評で知った沓掛良彦『西行弾奏』を買った。文庫本ではないが、文字が小さい。この本を読むのは、私くらいの若くない人が多いのだろうに、なぜ、こんなに小さい文字を使うのか。編集者のセンスを疑う。
 それはともかく、最近買う文庫本はドナルド・キーンさんの著作が多い。今日、『自伝』を7割ほど読んだので、『日本文学史』シリーズの最新刊を買った。奇数月の25日に発売されるので、楽しみにしていた。今回は忘れていて、ふと思い出して本屋に行った。
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折りたたみ傘 梅雨明け後、1ヵ月ほど、天候不順が続いた。今日から、久しぶりにいつもの真夏の天気が戻ってきた。濡れたままカバンに入れていた折りたたみ傘を、部屋の中で扇風機にあてて干した。しばらく、雨は降らないだろう。
by withbillevans | 2013-08-07 22:00 |

城下カレイ

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 友人が、小さな包みを差し出した。以下は、友人の弁である。
 
 先日、テレビの旅番組を見ていたら、国東半島に行きたくなった。石仏を見るためでなく、魚を食うためだ。日が出ると書いて「ひじちょう」という町があって、海に面して古いお城がある。お城の下の海に、国東半島の地下水が湧き出しているところがあるんだ。そこで育った鰈(カレイ)がうまいらしい。〝城下カレイ〟というんだがね。
 先週末、「ひじちょう」とついでに湯布院まで足を延ばし、2泊3日で行ってきた。城下カレイだがね、特別大きいわけではないが、こんなに分厚かった。いやー、うまかったねー。
 お土産屋に寄って、いろいろ買ったら、何かサービスするというので、これにした。もらい物で申し訳ないが、この箸置きをどうぞ。

 私はありがたくいただいた。大分では関サバ、関アジは食べたことがあるが、城下カレイは知らない。関サバ、関アジを口にしたとき、こんなにうまい魚がいるのかと、大感激した。
 この箸置きを見ると、それらの味を思い出したり、想像したりで、食が進みそうだ。
 
 
 
by withbillevans | 2013-06-17 18:00 |

消えた金魚の謎

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 先週だったか、ようやく春らしくなってきたので、つくばいに金魚を2匹放してみた。子供のころの記憶をたどると、金魚は春と結びついている。
 ものすごく小柄で、かなり可愛かった同級生の女の子。彼女の父は金魚屋さんだった。春になると、天秤棒を担いで、町中を売り歩いていた。声がよかった。今、初めて気づいたのだが、彼女は小さくて可愛くて、金魚そっくりだった。
 先週、ホームセンターで一番小さいのを2匹買った。ところが翌朝、1匹だけになり、残った1匹もかなり弱っていた。横になったり、上下さかさまになって、ようやく動いていた。
 1匹はどこに消えたのだろうか。水面から飛び出したのかと思って、あたりを探したが見当たらない。あそうか、鳥に食われたか、かわいそうなことをしてしまった、と思った。よく庭で姿を見る野鳥を思い出したが、魚を食する鳥は思い当たらない。カラスは庭まで降りてこないのに、などという疑問はあったが…。
 今日、真犯人が分かった。猫である。つくばいの縁に上って、浮かべておいた赤いツバキの花を手で引っかいていた。「しめしめ、今度の金魚はでっかいぞ」と思っていたのではないか。 
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 ガラス戸越しに1枚撮って、さらに近づいたら逃げた。昔のMFレンズでこんな情景を撮るのは大変だ。
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 近所に、人間と植物と動物が集団生活をしているお宅があった、そこにいる猫のようだ。
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 ふと、誰かの視線を感じた。ガラス戸の向こうで、その猫がこちらを見ていた。また金魚を放してね、と言っているようだ。今度はピラニアを放してみようか。いけないことを、考えてしまった。
by withbillevans | 2013-04-22 06:00 |