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滋賀県草津市 その3 2つのパワースポット?

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 立木神社という、立派な神社まで歩いた。もっと歩きたかったが、時間のこともあり、そこからホテルに戻ることにした。帰り道は、旧東海道の本道ではなく、裏通りを歩いた。
 遠くからでも屋根が見えるほど大きい、立派なお寺もいくつかあった。時間があれば中に入りたかったが、素通り。すると、気になる門のある建物があった。この意匠は、奈良の何カ所かでみたお寺の鐘楼門に似ているが、窓には板戸があり、閉まっており、鐘があるようには見えない。不思議な形だ。石柱になんとか寺と書いてあるようだが、読めなかった。
 門をくぐった。参萬伍千円とか寄付金額が書かれた古びた板がびっしりと貼られていた。鐘楼が目に入った。やっぱりお寺だった。
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 鐘楼に近づいてみて、また驚いた。釣鐘が、どうも、普通のものと違うようだった。
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 金属ではなく、コンクリート製だった。触ってみた。確かにザラザラしたコンクリートの地肌。古くなって、ボロボロはがれそうだった。
 念のため、たたいてみたが、何の音もしなかった。
 妄想が広がってきた。戦争中、軍艦や大砲をつくるために供出させられ、代用品を釣り下げている。泥棒に盗まれた。でも、なぜコンクリートなのか。昔、筋トレのバーベルが買えないので、コンクリートで自作した青年を知っている。
 何か重量物を釣り下げないと、鐘楼の構造上、不安定になるのかもしれない。理由を聞けばよかったのだが、早朝のため人がいないので聞けなかった。 
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 コンクリート製の釣鐘の脇に、黒い顔の猫のお面が、糸でぶら下げてあった。風で揺れていた。すぐ隣に民家があって、2階の窓で、影が動いた。猫がガラス窓越しにこっちを見ていた。全身真っ白な猫であった。
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 鐘楼の脇に、枇杷の木があり、実が大きくなっていた。子供のころ、庭に枇杷を植えると、貧乏になるという言い伝えがあった。でも、私が育った家には、大きな枇杷の木があり、よく食べた。当時は、何をしても貧乏だったから、食べられる実がなる木は、貴重だったので、言い伝えより、現実が優先されたのだろう。
 私が育ったのは北関東だが、近江では、そういう言い伝えは、なかったのだろうか。
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 帰りがけに、門を振り返ると、最初に見た時より、さらに趣があった。にぎやかなお寺ではないが、霊のようなものを感じた。
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 車が入れないような細い道を歩いていたら、ご婦人が、道路わきの小さな祠に、手を合わせていた。水を供え、周りを掃除していた。
 毎朝、欠かさないのだろうな、と思った。少し立ち話をした。そして、奥を見ると、また別の祠があった。そちらもきれいにしてあった。花や水が、毎日取り変えられているようだった。
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 最初の祠はお地蔵様がまつってあった。右側は、鳥居があり、別の神様をまつっているようだった。
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 ここはT字路の突き当たりのようになっていて、ここにも、ビート君がいた。どこにでもいて、どこにも似合う人だと思った。
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 さらに隣の、花で飾られていた家に、「町内会長」の札が掲げられていた。きれいに咲いた花の間に、ヨーロッパ風の彫刻の女神が、壺を持って立ったまま思案していた。足元には、His master‘s voiceのワンちゃんが首をかしげて、やはり何か思案していた。
 もう少し経つと、近所の人たちが、このあたりに集まってきて、いろいろ会話を楽しむことだろう。
by withbillevans | 2013-05-27 18:00 |
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